2014年01月17日

財産相続人(1)

キャラコさん 蘆と木笛 久生十蘭

風がまだ冷たいが、もう、すっかり春の気候で、湖水は青い空をうつして、ゆったりとくつろいでいる。

キャラコさんは、むずかしい顔をして、遊覧船の桟橋さんばしで、釣りをするのを眺めている。すこしばかり機嫌が悪いのである。

キャラコさんは、半月ほど前から、蘆あしの湖の近くの小さな温泉宿で、何ともつかぬとりとめのない日を送っている。本を読むか、日記をつけるか、散歩をするか、この三つのほかにすることがない。佐伯氏と話すことのほかは、なにもかもすっかり飽き飽きしてしまった。

キャラコさんは、早く家へ帰って家事の手伝いをしたり、ピアノのおさらいをしたり、今までどおりキチンとした生活をしたいのだが、千万長者の相続人になったばかりに、窮屈な思いをしてこんなところに隠れていなくてはならない。本当の名を名乗ることさえできないのである。

こんな淋しい山奥に年ごろの娘がたったひとりでのっそりしているのは、ずいぶん奇妙に見えるにちがいない。キャラコさんは女々めめしいことはきらいだから、宿のひとたちにもいいわけがましいことはひと言もいわないが、かなり肩身の狭い思いをして暮らしている。

キャラコさんに、父の長六閣下から、手紙で、当分のあいだ、家へ帰ることはまかりならぬと申し渡された。

……当分本名を名乗ることはならぬ。名前をいう必要がある時はキャラコとだけいいなさい。それから、当分の間、いっさい新聞雑誌を読んではならぬ。友人のところへ手紙を出してはならぬ。右、命令す。父

ならぬ、ならぬ、ならぬ、――長六閣下の濶達かったつな文字は、ひとつひとつ八字髯じひげをはやし、キッと口を結んでキャラコさんをにらみつけていた。

青天のへきれきである。どういう理由でこんな眼に逢わなければならないのか、いくら考えても思いあたることはなかった。
二三日たってから、キャラコさんが当惑しているだろうと察して、秋作氏がくわしい便りをよこしてくれた。

キャラコさんは何も知らなかったが、そのころ、東京ではたいへんな騒ぎがもちあがっていたのである。キャラコさんの居どころをつきとめようとして、東京中の新聞社の自動車が社旗をヒラヒラさせながら狂気のように走り廻っていた。

ひところは、世界の謎なぞとまでいわれた失踪の千万長者、山本譲治ジョージ・ヤマモトがとつぜん日本に現われ、今年十九歳になる一少女を千二百万弗ドル(四千万円)の財産相続人に選んだ。……世界的なビッグ・ニュースである。
どんなことがあっても『キャラコさん』をつかまえて、ひと言でもいいからしゃべらせろ。捕まえたらかまわないから、脛すねでもたたき折って動けないようにしてしまえ。……畜生、それにしても、写真ぐらいありそうなもんだ。

まるで、殺人犯人でも追いつめるようないきおいで狂奔したが、キャラコさんはおろか、写真さえ手に入らない。長六閣下の機敏な統制と緘黙かんもくにかかっては、さすがの新聞記者たちも手も足も出なかった。

キャラコさんは、ここへ来る途中、小田原の駅でこの獰猛どうもうな追撃隊の一行に出っくわしている。キャラコさんが改札口を出ようとすると、三枚橋のほうから新聞記者と写真班を乗せた自動車が五六台走り込んで来て、ワイワイいいながら改札口へ殺到して来た。

キャラコさんは、何が起きたのだろうと思って、ちょっと足をとめて眺めてから、そのそばを通って電車の停留所のほうへ歩いて行った。

襟えりのつまった紺サアジの服を着た、みすぼらしいほどのこの娘が、じぶんたちがいま血眼ちまなこになって探している千万長者の相続人だとは、気のつくものはひとりもなかった。

……お前は競馬馬ではないのだから、下劣な関心の対象にするわけにはゆかない、という長六閣下の意見には、俺も賛成である。そんなわけだから、当分お前はお前でないことにして置きなさい。
長六閣下は、あの四千万円を、日本のためになるようにお前に使わせたいといっている。最も意義あるようにあの金を使うために、すこし世間を見て置くのもいいだろう。旅行をするなり、働くなり、この機会を利用してできるだけいろいろ経験をつみなさい。閣下も希望している。
つまらぬ財産をもらったばかりに、こんなよけいな苦労をしなくてはならぬことは、さてさてお前もふびんなやつだ。 秋作

キャラコさんのほうは、財産を相続したことなどは、すっかり忘れていたといっても決して嘘にはならない。人形でももらうほどに気軽にもらってしまったが、それもなにか他人ひとのことのようで、自分が使うのだなどとは、今日まで、ただの一度も考えたことはなかった。
ところで、この手紙を読むと、四千万円という金が、とつぜん、ひどい重みで自分の肩にのしかかってくるような気がする。

あたしがあの四千万円を使う? 考えただけでも気が重くなる。なにしろ、キャラコさんは、いままで自分の手から二円以上の金を使ったことがないのに、それが、四千万円ということになると途方に暮れるほかはない。
キャラコさんは、思わずためいきをついた。
「たいへんだわ、死ぬまで、金をつかうことに、あくせくしなければならないとすると……」

金をもつことは、不幸のはじまりだということの意味がわかるような気がする。じじつ、あんな遺産などをもらわなければ、こんなところで肩身を狭くしていることもいらないし、世間へ金の使いみちを探しに出かけることもいらない。そう思うと、キャラコさんは、なんだか山本氏がうらめしくなってきた。

キャラコさんは、いつまでたってもうごかない浮木うきをながめながら、ぼんやりと考えしずんでいたが、ちいさなためいきをつくと、蘆あしを一本折り取って、それを鞭のように振りながら、湖尻こじりの疏水そすいのほうへ歩き出した。……今日こそ佐伯氏に例の話を切りだしてみようと思いながら。
posted by souzoku at 18:46| 日記 | 更新情報をチェックする
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